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ねむろHistory&Nature Blog

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しか

 例年、シカは雪が降ると地表から草が見えなくなるので、草が見えているところか、木のあるところに移動するのが常のようである。しかし、近年は少雪につき、顕著な移動が無いように見受けられる。
 最早、手の付けられないほど増殖してしまっており、明治時代のように大寒波が来るか、あるいは官営の鹿肉カンズメ工場を作るほかしかない状況になっており、事態は深刻だ。
 先日も原野を踏査中に、シカの大群に遭遇する。数十m先で気配を察知して逃げていったが、人を襲う類いの動物であれば間違いなく脅威だろう。北筒と擦文の遺跡立地とシカが往来する場所は重なるというが・・・??
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シカを組み立てるのもなかなか・・・。
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by nemuro-curator | 2010-03-30 23:42 | 自然

「、」「。」or「,」「.」??

 紀要の編集活動を行ってきたわけであるが、自然系の投稿者から玉稿を賜ったときに、句読点が「,」「.」だったんですよ。特に理系論文は投稿規定で「,」「.」のとこが多いようでして、其の意味についてあまり深く考えたことがなかったんだが。ちょっと気になってしまい。
 英文や数式を日本語文中に挿入する際に、「、」「。」だと座りが悪いという理由で、「,」「.」になっているのかな?
日本語文なら「、」「。」を用いるべきと当然思っていたが、公用文で横書きのときは「,」「。」を用いるのが正しいようです(裁判所判例、教科書・・・)。
 気になって、道内の自治体紀要をちょっとみてみたら、利尻、ひがし大雪、知床博の紀要は「,」「.」でしたね。このへんは、編集を自然系の学芸員がやっているからだろう・・・。
 しかし、「,」か「、」で迷うことはあっても、日本語文中で「。」の代わりに「.」はないのではないかというのが、ここ最近、ググるなどして得た結論だ。
 専攻分野の慣例に従うか、投稿規定を明確に整備すればイイベよ?!という程度の話だが、自然系も人文系も入り交じっている自治体紀要なんかは統一が難しい。けれども、明確な理由もないのに手前の専攻で「,」「.」を強要する気になれないし。
 というわけで、日本語文章中の句読点に関しては日本語文章できわめて一般的な「、」「。」でいけば良いんじゃないかね。幸い、考古系で「,」「.」を強要しているところはないようでうすが?

テンでばらばらな句読点
句読点研究会
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by nemuro-curator | 2010-03-26 01:12 | 資料館

津波痕跡

 月はじめのチリ沖地震によって、極東地域も津波警報が出され、花咲港で1mの津波が確認された。
1週間後、友知ビーチを探索した際に、ビーチの上に刻まれた津波痕跡を発見した。詳細な分布調査の結果、痕跡を2条発見することができた。ビーチの砂を10cmほどの深さで削っている。大きな波が塊で来ないと、広範囲かつ明瞭な痕跡は残せない。浦々では津波に乗らんとするサーファーもいたようだが、波に乗るというイメージよりも、大きな力で運ばれてしまうイメージではないだろうか・・。
 ゴミや打ち上げ貝の状況から、一時的にビーチが冠水する様相であったと思われる。
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by nemuro-curator | 2010-03-21 01:13 | 自然

食害

ついに恐れていたことが・・・・
「ラッコ食害ウニ全滅」[北海道新聞]

 海底の様子のビデオを拝見したが、目につく限り割られたウニ殻ばかりで死の海と化していた。ラッコの一日のエサの量は体重の1/5〜1/4なので、一日4〜5kgとなる。
 仮に、一日中ウニばっかり食べたとしてエゾバフンウニの可食部が50g程度とすると、一日あたり80〜100個か。一年くらいいるので30,000個を一頭で消費。喰われたウニが3tなので、ウニの重量を60gとすると、3tで50,000個。複数頭確認されているので、被害はもっと大きいと思う。ウニは148kcal/100gなので、一日で5920〜7400kcalは喰っている試算。
 ラッコが喰うものといえば、ツブガイとかハナサキガニ、コンブだろうと思うが、生物量が多く、カロリーもあり、採餌コストが低いウニは主食的な位置づけだろう。
 酒を飲みながら考えたこの試算に異論は認めない。

「ラッコ食害ウニ全滅」[北海道新聞]
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by nemuro-curator | 2010-03-12 21:30 | 自然

荒天

 昼過ぎから予報通り、ブリザード気味になってきた。ここのところ一冬に2回くらいは、こうした超級低気圧に伴うドカ雪に見舞われているので、明日朝が恐ろしいところ。さて、午前は不意に富良野からご来客。著作は何度も読んだことがあったが、実物にお会いするのは初めてである。ちゃんと帰れただろうか・・・。
 ほぼ終日、デジトレに専念し図版製造・・・。使用マシンは初代MacBook Proだが、保存速度など随分パフォーマンスが下がってきていることを実感。トラックパッドの調子も悪いし・・・。

 登録中の根室のある郷土史研究者が旧蔵していた書籍。戦前の本屋もまともにない(今もだが)場所に住んでいながら、こうしたものを入手するには苦労があっただろう。彼らの学問にかける並々ならぬ情熱に驚嘆を禁じ得ない。今じゃamazonで頼めば、3日後には極東にも学術書が配達されるわけである。

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by nemuro-curator | 2010-03-10 23:34 | その他

霧信号所

 根釧地方は太平洋において、寒流と暖流がぶつかるため、霧が発生しやすい。霧に霧笛はセットのようなものでこの地を象徴するものの一つかもしれない。しかし、近年のGPS発達によって、こうした霧笛が不要となったようであり、霧笛(霧信号所)の撤去が決まった。霧笛は今月いっぱいということで、今天、所管のJapan Coast Guardの協力により、花咲灯台の中身公開と霧笛の試し鳴らしが行われ、手前どもが動画や音声を採取する作業をおこなった。滅多にお目にかかる機会が無く、霧笛は今月いっぱいということで報道陣も多数詰めかけた中で行われた。NHKは、全道版で昼と夕方のニュースで放送してくれた。音声記録はどう残すかであるが、少し編集して、幾つかの異なるメディアで保管するしかないと思う。灯台の霧笛はyou tubeあたりに落ちているので、web上で浮遊して残すのも一つの手かもしれない。

中央のラッパの列が霧信号所と呼ばれる施設。灯台自体の存在意義を問われることもそう遠くないかもしれない。
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by nemuro-curator | 2010-03-10 00:05 | 資料館

標津線展

 先日、中標津空港へ。少し早めに出て、中標津郷土館で思い出の標津線展を観覧。かなり、様々な資料が残っていて驚く。支線は根室市の厚床まで来ていたようだが、根室には関係資料はほとんど残っていない。Nゲージなど可動する展示もあり、なかなか楽しめる。町内の軌道など鉄道路線をプロットした地図が興味深く、かなりの数の路線があったことを知る。
 そういや、学部生の時、明治時代の市電車庫の発掘に参加したことがあった。弥生の環濠集落の発掘と聞いていたが、車庫にほとんど壊されてて、コンクリート製の整備ピットの実測をやらされブースカ言ったり、現説にきていた鉄道マニアのにいちゃんが遺物を持ち去ろうとするなど、何かとトラブルが多かった。前例が汐留くらいしか例がなかったので、どうやって記録していくか、結構考えながらやらされた記憶があり、今にして思えば大事なことだったなと。
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by nemuro-curator | 2010-03-08 23:35 | その他

遠地地震

 チリより大波襲来。当地にも1mくらいの津波が観測され、避難指示が発令された。連休で市外に潜伏していたため、一連の警戒活動に参加できなかったが、ここ数年津波の痕跡研究に参加しているので、情報を気にしていたところである。
 結果的に、岸壁に水があふれる事態になり、幸い被害は最小限であったものの津波の恐ろしさが身近なものとなった。
 レザノフ逮捕の報復で1806年にフヴォストフがエトロフなどで大暴れし、千島列島の交易も停止した。その一環として、シコタンアイヌを花咲へ移住させたことがあった。移住先でシコタンアイヌは津波にあい、集落はめちゃくちゃになり、同市内の穂香へ再移住させられた。このときの津波記録は「水害」である。津波というと、ザッパーンと大波が来るイメージであるが、静かに海がオーバーフローして大量の水が浸入してくるのも恐怖である。
 チリやハイチの早期復興を心から祈念します。

市提供画像(拾い物です)
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by nemuro-curator | 2010-03-01 23:11 | 自然