ブログトップ

ねむろHistory&Nature Blog

curator.exblog.jp

カテゴリ:考古学( 67 )

戦跡

 かねてよりお誘い頂いていた戦跡探索へ。幸い、降雪や低温というのは無いので、心地よい踏査であった。
草地や民地内の物件は、なかなか立ち入る機会はないので、良く見ておかないといけない。物資や重機もない時代に、これほどの施設が作られたことに、いつみても驚きを禁じ得ないが、それと引き替えに多くの人命が犠牲になっているのも、これまた事実である。
 戦跡は自治体によっては、埋蔵文化財的な取扱いを行うところもあるが、実際、なかなか厳しいだろうな。踏査や文献調査の継続が外堀を埋めることにつながるか・・・。
 
b0086124_019734.jpg

b0086124_0192253.jpg

[PR]
by nemuro-curator | 2011-11-27 23:52 | 考古学

試掘

 駆け込み需要からか、ここ2週間、協議や以前のものの後始末等で日が暮れている。
 いわゆる包蔵地内での立会。50cm×50cm×深さ60cmを2本あける工事・・・といっても手掘りだが。上も飛んでいるしと思ったが、意外にも掘削坑の1本から磨斧の破片が・・・。やらにゃいかんもんだなと。
 片や、包蔵地ではないが、地形判断と開発面積の広さと一抹の不安もあり試掘を実施。重機の御協力もあり、手掘りのものも含め、20数カ所試掘坑を開けるも埋蔵文化財なし。空振りに終わり、ある意味ほっとしているが、こういうものの積み重ねは重要と思っている。
 しかし、50cm×50cmの範囲からでも出る所は出るし、重機をもってきても出らんものは出らんワケで、何かと示唆の多い試掘活動にて候。
[PR]
by nemuro-curator | 2011-11-17 23:04 | 考古学

看板

 西月ケ岡遺跡の説明板が耐用年数を超過しているため、新築工作を行っている。
板面通りだと、築30数年が経過しており、よくもまぁという感じである。80年代に、遺跡内だが指定区域外において道路の拡幅に先立つ、発掘調査も実施されている。参加者を見ると、現在の道内で学芸職や埋文行政をリードしておられる御歴々が名を連ねており、深遠なる研究史を前に板面の一言一句に緊張を禁じ得ない。
 そういうワケで一から十まで丸投げできない状況なので、基本的に彩色した図版のベクターデータとある程度のレイアウトまでは提示しないといけないワケで、測量図や土器の実測図を再トレースすると、それなりの時間を食われるのである。
b0086124_0555179.jpg

[PR]
by nemuro-curator | 2011-10-31 00:58 | 考古学

巡検

 釧考研の方々が来根。
 弊社で土偶などを熟覧された後、発掘最終段階のトーサムポロ竪穴群へ。この際なので、当方もくっついていき、ここのところの知見を教示頂く。おもにオホーツク期の部分であるが、竪穴部分は35年くらい前と18年くらい前に調査されているものの、周辺の遺構密度は高く、該期の墓もみつかり、大変な成果である。
 その後、今年も歩道整備したヲンネモトチャシ跡へ。海浜の眺望が効くチャシ跡は、現地に至るまで困難を強いられるところが多いが、ここでは比較的容易にアクセスできる。歯舞群島と国後島が見え、海を介したアイヌ民族の広汎な移動力を想像させられる。

 貼付文期といえども、住居が四角に近くなり、規模も小さくなっている。同じ貼付文期で五角形で長軸12mを誇る、ある意味折り目正しいオホーツク住居を有するヲンネモト遺跡と時期差はいかほどなのだろうか?
b0086124_2235924.jpg

[PR]
by nemuro-curator | 2011-10-22 22:16 | 考古学

草地へ

 一番草が刈り終わり、ぼつぼつ草地整備にかかる立会が入っている。
今年が一番、立会箇所が多いか。基本、包蔵地外の地形判断や念のためがほとんど。

b0086124_21441091.jpg

[PR]
by nemuro-curator | 2011-07-06 21:25 | 考古学

斜里へ

 もう、すっかり当ブログも放置である。
 さて、今天、屋外工作中の斜里の朱円2siteへ。農業用水絡みということで、長大な現場である。朱円式を伴う、住居址群が検出されているようだ。
 ここ数年、当市内でも朱円式と関わりが深い温根沼式の出土例が相次いでいる。両者の区分けや立ち位置というのは、温根沼式の遺跡が調査されていなかったこともあり、なかなか微妙なところであるが、資料もそろってきているし、昔の資料の再検討などで今後、議論が進むであらう。当然だが、現地で旧地形などを説明してもらうと、だいぶ遺跡の理解も進む。Mさん、小休憩時にすいませんでした。
b0086124_18424076.jpg


遺跡観覧後、久々にウトロ、知床峠経由で根室管内へ。今天は、国後島がよくみえました。
b0086124_1846789.jpg

[PR]
by nemuro-curator | 2011-07-02 18:01 | 考古学

クッチャロ

 浜頓別にて、遺跡の大踏査に参加。
 ここのところ、オホーツク海側の縄文貝塚を歩いている。似たような立地はなんぼでもあるのだが、なぜかオホーツク海側では、縄文貝塚は未だ3ヶ所程度しか見つかっていない。木立や笹薮が邪魔をしているが、風光明媚なクッチャロ湖が一望できる。景観は抜群の立地。

浜頓別クッチャロ湖畔竪穴群
・本遺跡は、昭和33、34年(1958、1959)の2回にわたり、浜頓別町教育委員会が調査主体となり北海道大学医学部児玉作左衛門氏(第1次)、大場利夫氏(第2次)を発掘担当者に調査が行われました。
・クッチャロ湖(大沼)東岸台地標高10~20メートルに位置しており、標高20メートル付近の平坦地に173軒余の擦文時代の竪穴住居跡が存在しています。
・遺跡北東部には、縄文時代前~中期の貝塚が存在し、発掘された遺物は、浜頓別町立郷土資料館に保管されています。 北海道指定史跡。
b0086124_21574548.jpg


昔の発掘品の虫干も手伝う
b0086124_2223574.jpg

[PR]
by nemuro-curator | 2011-06-08 22:03 | 考古学

廃道を歩く

 ここ二日、某農業関係事業の協議で酪農地帯を歩いている。事前に図面上では、包蔵地を除外した状態で計画がされているが、不時の発見や未見のものも無い訳ではないので、現地踏査を行っている。
 うち、一ヶ所はササやぶに没した廃道を利用するとのことであり、2kmほどササやぶをこいだ。滅多にやらないことだが、昭和50年代の新酪開発事前調査の際は、先学が草地造成前の原生林を竪穴探索に延々歩いたと思われ、まあそれに比べれば随分ましな方なんだろう。
[PR]
by nemuro-curator | 2011-06-01 23:04 | 考古学

飛び石

 世の中は連休であるが、土日は当番につき、前半は飛び石にて候。
週半ばの一日休みは困ったもので、厚く堆積したコピー類や積んどく状態の書籍の
配架、書籍ラックの増設等を行う。雑芸故、諸工作は拡大し、それに伴い参考図書類も増加することは自然である。

昼間の温度も高くなってきた。気温低下で薬剤や工作過程のパフォーマンスの低下を恐れ差し控えていたが、そろそろ剥ぎ取りのパネル張付け、表面コーティングをやらねば。
b0086124_22484264.jpg

[PR]
by nemuro-curator | 2011-04-29 22:39 | 考古学

説明板

 国指定西月ケ岡遺跡の説明板更新。これまで、文字のみであったが、測量図も入れたいと思い、17年前の測量図成果を引っ張りだす。当然、図面のみの成果品のため、デジタルデータはなし。しかも、地権者の名前や土地境界線入りなので、そのままでは・・・。18ha分の地形測量図(50cmピッチ)をデジトレするのか・・・?オートトレースはあまり良くなかったし。等高線を少し間引くか・・・?
b0086124_184893.jpg

古い指定物件なので調査史もまとめる必要も。K本大学K元先生が、アエラムックでフェイバリット・サイトとして挙げていたのを思い出した。
[PR]
by nemuro-curator | 2011-04-10 18:55 | 考古学