某所で太陽光発電に係る現地調査後、チャシ跡巡視。
ヲンネモトチャシ跡から、うっすら国後島の
爺爺岳が。最大望遠で引き寄せたがイマイチ。ウニタモ漁の船が随分出ていました。
温根元港周辺は天然の良港にて、現在も拠点的な港湾である
が、云わずと知れたオホーツク期の集落跡でもある。戦前の記録によれば、チャシは3つの壕が連結するものとされているが、緑円内部分は後世の牧場利用により不明瞭になっている。排根線もあるので、表面はかなりヤられているかも。
青円内の竪穴も1軒を残し、あとは滅失。しかし、問題は赤円内。竪穴に壕がついたもの。現状は改変を受けておらず、確かに、オホーツク期と思しき竪穴の壁を壊して短い壕?が付いていて、舌状に張り出した部分にも不自然な段がみられる。
などというような踏査が可能なのも今月いっぱい位か。人の背丈にも及ぶ、恐ろしいエゾノシシウドなどが辺り一面を埋め尽くすのである(指定範囲の見せる部分は草刈ってます)。